見えない敵-広がる新型インフル 公と私のはざまで
1日午前3時。新型インフルエンザ感染の「疑い例」発生の一報を受け、産経新聞横浜総局の大渡美咲記者は患者の男子生徒(17)の通う学校へ駆けつけた。
他社の記者もバラバラと駆け込んできた。学校側の対応は、市から緊急連絡を受けた事務職員。
「修学旅行は何人で行ったのですか?」「どんなコースだったのですか?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。だが、生徒の名前、住所に関する質問はなかった。大渡記者は「『疑い例』というのだから個人名や学校名は原稿には書けないだろうと思った。悪いことをしたわけでもないし」と話す。
職員が「生徒は2年生」と発言。他社の記者が「それって言っていいんだぁ」とつぶやいたのが印象に残っている。
「疑い例」「確定例」が出た場合、患者の情報をどこまで公表するか-。
個人のプライバシーは尊重されるべきだ。一方で、感染の拡大や、社会不安を防ぐには詳しい情報も必要だ。
1日の横浜市の例では、ばらつきはあるものの、各メディアとも学校名を伏せるなどの配慮をした。取材では男子生徒の所属する部活名などの情報も得たが、掲載には至らなかった。
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一方で、メディアが患者本人に肉薄する場面も出ている。
4月30日、成田空港に着いた米国便に乗っていた女性が、簡易検査で陽性反応。「国内初の疑い例か」とメディアが殺到した。
午後8時すぎ。女性が頭から全身を毛布にくるまれて、飛行機のタラップに現れると一斉にフラッシュがたかれた。両脇には防護服姿の検疫官。インターネット上などでは、「まるで連行される容疑者のようだ」といった批判の書き込みが相次いだ。
行政側も悩んでいる。
舛添要一厚労相は国内初の「感染疑い例」が出た際や、世界保健機関(WHO)の警戒レベル引き上げの時には自ら緊急会見。「正確な情報を基に冷静な対応を。私が持っている情報はすべて伝えますから」と大見えを切る。
しかし、大臣の勢いのいい発言の裏で、現場職員らは苦慮している。
厚労省の新型インフルエンザ対策推進室は4月30日に、「『人から人へ容易に広がる』という性質を踏まえれば、可能な限り速い段階での公表が望ましい」という原則を打ち出した。
一方で、「個人情報保護法を基本とし、個人公表は基本的にしない」という、二律背反する原則も打ち出している。
どの段階で、どの程度の情報を出すか。一例ごとに暫定的な運用がされる中で、感染疑い例が積み重なる状態になっている。
駒沢大学の川本勝教授(マスコミ社会学)は「事態は進行形で動いており、マスコミはそのつど報道するべき。一方で、断片的に伝えられる情報は、国民に混乱をもたらす可能性もある」と難しさを指摘する。
その上で、「怖いのは、インフルエンザに対して国民が過度な不安を持つことや、報道などで大騒ぎになることを恐れて、インフルエンザの症状があるにもかかわらず、申し出ない人が出てきてしまうことだ」と警鐘を鳴らす。国民の協力無くして、感染症対策は成立しない。
JTBの推計では、ゴールデンウイーク中の海外旅行者は昨年より1割多い約50万人。帰国ラッシュの人波に紛れ、「見えない敵」がいつ入り込んでもおかしくない状態が続いている。
だが、公と私の尊重をどう両立するか。答えは見えていない。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090503/crm0905032347018-n1.htm
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